【学生向け】借入が多いのは悪いこと?大企業でも借入れをする理由とは

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みなさんこんにちは。神奈川大学経営学部・准教授の尻無濱です。

1年生向けの講義では毎回リアクションペーパーというものにコメントを書いてもらっています。ソフトバンクの有利子負債の多さを講義内で指摘したところ、学生からのコメントの中に以下のようなものがありました。

ソフトバンクは大手企業というイメージがあったのに負債が多いので驚きました

この学生さんが驚いたのは、以下のような理屈が頭の中にあるからだと思います。大企業の多くは業績がいいだろうしお金もたっぷり持っているはず。ならば、わざわざお金を借りる必要はないだろう。ソフトバンクも大企業だから、借金をする必要はないはずだ。こんなところでしょうか。

そもそも有利子負債とは、他人から借りたものであり、利子の支払を伴う資金です。典型例は銀行からの借入金、企業が発行する社債などですね。借りたものであるため、返済期限が決まっています。借りている間のいわば「レンタル料」として、貸手(銀行などの金融機関が代表的)に対して利子を支払う必要もあります。返済ができないと企業が倒産することもあるため、借金には悪イメージを持っている学生さんも多いでしょう。なるだけ借金をしないのがよい経営だと思っている人もいるかもしれません。

このような悪いイメージを持つ有利子負債を多くの企業が活用しているというと、上記コメントのように驚く学生さんがいます。もちろん、企業は自社の利益にならないことはしません。自社にとってメリットがあるから、企業は有利子負債を利用するわけです。

今回は、講義内容の補足として、なぜ企業は有利子負債を利用するのかをざっくりと解説しましょう。

先に結論を述べると、①事業拡大のスピードが向上する、②レバレッジをかけてROEを高めることが可能、といったことが理由で、企業は有利子負債を利用します。以下で詳しく見ていきましょう。

事業拡大のスピードが向上するから

有利子負債を活用することで、事業拡大のスピードが向上するということはよく言われています。

特に企業が小さいうちは、自社の稼ぎだけでは新規の設備投資や出店に必要なお金が稼げないことも多いです。設備投資や出店ができれば売上が増えてもっとおカネが稼げるんだけど、手元に資金がないためにそれができない。ゆっくりおカネを稼いで投資のためにためようと思っていても、必要額をためるのに数年かかってしまう。そうすると事業拡大の機会を逃してしまうかもしれません。

ここで借入れができればどうでしょうか。例えば銀行から資金を借りることができれば、長い時間かけて自社の稼ぎからお金を貯める必要がありません。借りた資金ですぐに事業拡大に乗り出せるのです。

手元の資金だけでは事業拡大のための投資ができないのは、中小企業だけではありません。大企業であっても、手元に投資のための十分な資金があるとは限らないのです。

大企業の場合は稼いだお金を長年溜めて、そうやって溜めたお金はすでに工場や設備、店舗等に投資されていることが多いです。なので、手元には日々の支払にあてる予定の資金しか持っていないことも多い。そうすると、大規模な事業拡大のための投資をするためには新たな資金が必要ということになります。

このとき、ビジネスから稼いだお金をコツコツ溜めるより、銀行等から借入れを行った方がスピーディーな事業拡大ができることは言うまでもありません。

このように、有利子負債を活用することで事業拡大のスピードが向上するのです。

財務レバレッジをかけてROEを高めることが可能

有利子負債が利用されるもう一つの理由。それは、財務レバレッジをかけることでROE(Return on Equity、株主資本利益率)を高めることが可能だからです。ROEは株主の視点から企業の収益性を見る指標の一つで、ROEが高い企業は収益性が高いとされます。

ここで財務レバレッジをかけるとはどういうことか。財務レバレッジをかけるというのは、有利子負債を利用するということです。有利子負債を利用することで、ROA(Return on Asset、総資産利益率。会社が持っているすべての資産を活用し、どれだけ効率よく利益を獲得できているかを示す)よりもROEを高めることができるのです。

レバレッジは「てこ」という意味です。あたかもてこの原理を活用したかのように、自己資金の何倍もの資金を有利子負債で調達することでROEを高めることができる。そのため、財務レバレッジと呼ばれているようです。このあたりの説明は、『ビジネススクールで教える経営分析』に詳しいです。

実際に例を使って確かめてみましょう。今、総資産が1,000万円、営業利益が100万円でROAが10%の企業があります。この企業は、有利子負債600万円、株主資本400万円で資金を調達しているとします。有利子負債の利率は4%。特別損益や税金は無視します。

このとき、当期純利益は100万円ー600万円×4%=76万円。するとROEは76万円÷400万円=19%。確かに、ROAの10%よりもROEのほうが9ポイントも高くなっていますね。

もちろん、すべて株主資本で資金調達していた場合は、ROAもROEも10%となります(税金は無視)。

ROAよりもROEが高いと何がうれしいのか。ROAは会社のすべての資産に注目した収益性である一方で、ROEは株主が提供した資金に対する収益性を見ています。株主の観点に立つと、株主による投資がどれだけ成果を上げているかを確認したいでしょう。そう考えると、株主がROAと比べてROEを重視するのも不思議ではありません。会社もそれが分かっているので、株主からの期待に応えてROEを高めようとするわけです。

ROEについては、経産省がまとめた通称「伊藤レポート」で、8%を目標水準として掲げられました。その結果、多くの上場企業が目標に掲げざるを得なくなりました。ROEを高める方策はいろいろありますが(事業の「稼ぐ力」を高める、株主還元を強化して株主資本を減らすなど)、その方策の一つとして有利子負債の活用があるというわけです。

ただ、業績が悪く負債利率よりROAが低いときは、財務レバレッジはROEを低下させるという困った効果もあります。

例えば、先ほどと同じ企業が業績が悪化し、営業利益が100万円から30万円に減少、ROAが3%としかない場合。負債の利率4%と比べてROAは3%と低くなっています。このとき、当期純利益は30万円ー600万円×4%=6万円。ROEは6万円÷400万円=1.5%。ROAよりもROEが低くなってしまっています。

財務レバレッジの活用は、業績悪化時にはROEが低迷してしまう諸刃の剣であることを意識した方がいいでしょう。

なお、冒頭で話題に出したソフトバンク(証券コード9434)は、2023年3月期時点のROAは3.88%、ROEは27.25%です。総資産に対する有利子負債の割合は40%をこえています。財務レバレッジをきかせることでROEを大きくブーストしていると言えそうです。

まとめ

今回は、講義内容の補足として、なぜ企業は有利子負債を利用するのかをざっくりと解説しました。

企業が有利子負債を活用するのは、①事業拡大のスピードが向上する、②財務レバレッジをかけてROEを高めることが可能といったことが理由でした。

「有利子負債は悪」というイメージが少しでも解消できたならうれしいです。

なお、今回は『ビジネススクールで教える経営分析』財務諸表分析 第3版』を参考にブログ記事を書きました。より深く学びたい人は、ぜひこれらの書籍を読んでみてください。

おまけ(クリックで開きます)

私は会計学者なので、コーポレート・ファイナンスには詳しくないのですが、コーポレート・ファイナンス側からも企業が有利子負債を利用する理由はいろいろ説明されています。というより、世間的にはこちらの方が有力な説明かもしれません。ここでは、コーポレート・ファイナンスの理論に基づく説明をおまけとして書きます。

例えば、有利子負債の節税効果の議論があります。有利子負債については利息を支払う必要があり、この利息の支払いが法人税等を減らす(節税効果)ことで、企業価値が高まるから、企業は有利子負債を利用するという話です。

どういうことかというと、利息を支払うことで企業の利益が減る。法人税等は企業の利益に対してだいたい30%くらいかかる。そのため、例えば利息が年間100万円発生している場合には、利益が100万円減る。この100万円は企業にお金を貸している債権者の取り分になります(その代わり、株主の取り分は同額だけ減少する)。利益が減った分だけ法人税等も減るため、法人税等は100万円×30%=30万円ほど減る。この節税額だけ、株主の取り分は増えますね。結局、資金提供者全体の取り分(債権者の取り分+株主の取り分)は30万円増えたことになります。株式で同じ金額の資金調達をした場合は、この節税効果が得られません。

要するに、資金提供者全体の取り分(債権者の取り分+株主の取り分)を考えると、借入があった方が節税効果の金額だけ取り分が大きくなるのです。これは結構大きいですね。

このような節税効果があるために、有利子負債を利用した方が、企業価値が高くなるんですね。もちろん、借入が多くなりすぎると利息支払いの負担が大きくなり、業績が傾くと返済も難しくなる。企業が倒産する確率が高くなります。大きすぎる借入れは節税効果よりもマイナス面が大きいので、借入にも限度があります。なので、借入金だけで資金調達がすべて賄われるということではありません。ちょうどいいバランスで、借入が行われるのです。

ここではざっくりと直感的な説明をしました。正確な説明はコーポレート・ファイナンスの教科書を読んでみてください。資本構成の議論、特に節税効果と財務的な困難に伴うコストを加味した資本構成のトレードオフ理論を勉強してみると、理解が深まります。具体的に言うと、『コーポレート・ファイナンス 基礎と応用』という教科書がおススメです。

他にも、企業の経営者と投資家の間で持っている情報の格差(情報の非対称性)があることを背景にした、ペッキングオーダー仮説というものがあります。簡潔に説明するのが難しいので今回は省略しました。もし興味がある人は、上記のコーポレート・ファイナンスの教科書を読んでみてください。

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