概要
Asian Review of Accountingという雑誌に、私の単著論文が掲載されました。 “Management accounting knowledge, limited managerial discretion and the use of management accounting: evidence from Japanese public hospitals” というタイトルの論文です(上記リンクからPDFをダウンロードできない方は、author accepted manuscriptになりますが、こちらのリンクからPDFを入手できます)。その内容をざっくり解説します。
この研究は、日本の公立病院経営者(病院長および事業管理者)を対象に「経営者の自由裁量」「経営者の管理会計知識」「病院における管理会計の実践」をアンケートで調査し、その結果を分析したものです。
「経営者の自由裁量」という概念になじみがない人も多いかと思いますが、経営活動の自由範囲(latitude of managerial action)のことを指す概念です。つまり、経営者が自由に経営活動を行える程度に関する概念を指します。本研究では、経営者が民間的な経営手法の導入についてどの程度の裁量を持っているか、経営感覚に富む人材の登用にどの程度裁量を持っているか、など合計で9つの領域についての裁量の程度を経営者に回答してもらい、その合計で経営者の裁量の大きさを測定しています。
この研究は、経営者の裁量が制限されることで、管理会計が十分に活用されなくなるのではないか、という素朴な疑問からスタートしています。公立病院では、民間病院と比較して管理会計の利用が低調であることが一橋大学・荒井耕教授の調査で分かっています。また、公立病院の経営者は、法律や首長・議会・事務方等の利害関係者によって裁量が大きく制限されていることもかねてから指摘されていました。そのため、経営者の裁量が制限されることによって、管理会計の利用も抑制される傾向があるのではないか?と考えたのです。
経営者の知識が管理会計の利用に影響を与えるというのは先行研究でも指摘されてきたことですが、先行研究の多くは経営者の学歴や学位などを経営者の会計知識の代理変数としてきました。この研究では、4つの管理会計技法(予算管理、原価計算、損益分岐点分析、投資経済性計算。どれも日本の病院経営の教科書でよく登場する)についての知識の程度を直接聞いているという点で、先行研究とは知識測定の手法が異なります。あたらしい測定手法を使って、管理会計知識の程度と管理会計実践度の関係を検証しようという点が、本研究のオリジナリティの一つです。
経営者の年齢や経営者としての経験年数、病院の規模などの要因の影響を統制しつつ、①経営者の自由裁量→管理会計実践、②経営者の管理会計知識→管理会計実践、の関係を重回帰分析を用いて検証しました。分析の結果、①経営者の自由裁量が大きいほど、公立病院の管理会計実践度が高い傾向があることがわかりました。経営者の裁量が大きい公立病院では、経営者が管理会計の導入を行う裁量を持っていたり、管理会計の利用を支援するスキルを持った事務方を雇用する権限を持っている、病院職員をトレーニングする研修を行う裁量があるといったことが考えられます。そのため、経営者の裁量が大きい病院で管理会計実践度が高いという傾向が確認されたのだと解釈できます。逆に、経営者の裁量が制限されている場合は上記のような管理会計を実践するための条件整備を経営者が行えないので、管理会計実践度が低い傾向がみられたと解釈できます。
また、②経営者が管理会計の各技法についてよく知っているほど、管理会計実践度も高い傾向があることも判明しました。この分析結果は先行研究の知見とも合致するものです。経営者が管理会計の技法を知っていれば、その活用の仕方もわかるわけで、管理会計技法の活用が積極的に進むのだと解釈できます。
この研究はアンケート調査に基づく一時点のデータを分析しただけなので、「経営者の自由裁量」「経営者の管理会計知識」「病院における管理会計の実践」の間に因果関係が存在するとまでは言えません。データで示されたのは、互いの相関関係だけです。仮説と逆の因果として、病院で管理会計を実践していたので経営者も管理会計について詳しくなったとか、管理会計の実践によって病院の財務業績が改善し、その結果として経営者に大きな裁量が認められた、といったものが考えられます。後述するインタビューにもとづく私の感触では、そのような逆の因果が当てはまるケースは多くなさそうではあります。しかし、因果関係の方向性に関する議論に決着をつけるためは、厳密な因果推論の手法の採用とそれに適したデータの入手が必要でしょう。
実務的なインプリケーションは次のようになります。すなわち、日本の公立病院における管理会計の利用を進めるのであれば、首長が管理会計について詳しい経営者を雇い、その経営者の裁量を大きくすることが効果的な可能性がある、ということです。ただし、すでに指摘したように本研究では因果関係について確かなことが言えないので、あくまでも「可能性」を示唆するだけにとどまります(実務的なインプリケーションとしては弱い)。
関連する研究
本研究は、私がここ数年取り組んできた公立病院経営者の裁量に関する研究成果の一つです。関連する研究をいくつかここで紹介します。
経営者の経営上の裁量に関して、経営上の裁量の大小に影響を与える要因をアンケートデータの定量的な分析から明らかにしたのが、尻無濱(2020)です。この研究からは、経営者の総合的な裁量の大きさにマイナスの影響を与えている傾向が示されたのは首長、首長部局、院内事務方といった利害関係者の存在でした。先行研究で指摘されていた地方公営企業法の適用の程度(全部適用か一部適用か)については、経営者の総合的な裁量の大きさと関連があるという仮説を支持する証拠は得られませんでした。
尻無濱(2021)は、同じアンケートの自由記述欄を分析し、経営者の人事・労務に関する裁量が制限されているケースが多いことを発見しました。また、首長、本庁事務方、院内事務方が経営者の裁量を制限しているという意見が多く見られました。これは尻無濱(2020)とも一貫する調査結果です。
尻無濱(2022)では、45の公立病院経営者へのインタビューにもとづき、様々な利害関係者がどのような状況やコンテキストの下で公立病院経営者の裁量を制限しているのかを明らかにしました。経営者に対するインタビューを分析した結果、公立病院経営者の裁量を制限している重要な利害関係者は、首長、議会、事務職員であることが分かりました。ここまでは尻無濱(2020, 2021)ともある程度整合する結果ですが、この研究ではインタビュー内容を分析することで一歩踏み込んだ分析を行っています。首長については、①彼らの病院経営に対する知識が欠如していたり病院経営に対する関心がなかったりするために経営者を支援しない、②首長が選挙のことを考慮して経営者の意向に反対する、という場合に経営者は裁量を制限されていると感じていました。議員については、病院経営に関する知識不足に起因する不合理な要望や提言を彼らが行う場合に、経営者は裁量を制限されていると感じる傾向がありました。事務職員については、①人事異動の慣行が招く事務職員の知識不足、②彼ら自身の士気の低さが経営者の裁量を制限する事例が散見されました。この研究では、質的データ分析(qualitative data analysis:QDA)という手法を用いたのも、私としてはチャレンジした点でした。
なお、一連の研究は科研費(若手研究)「マネジメント・コントロールシステムの活用に経営上層部の自由裁量が与える影響の研究 」の支援を受けて行ったものです。協力してくださった公立病院経営者の方々には感謝しています。また、この研究資金援助がなければ、アンケート調査費用とインタビュー旅費を支払うことができなかったので、科研費の支給にも深く感謝しています。
また、科研費(基盤B)「知の活用と探索に対する管理会計の役割の研究 」(代表者:三矢裕教授)との関連で行った研究会でもたびたび公立病院経営者の自由裁量に関する報告をし、メンバーの先生方から貴重なアドバイスをいただきました。ありがとうございました。